カメラ的日乗2.0 Taking a photo while taking a walk. :あの日の一枚
2005-03-25T13:49:00+09:00
ONDTP
土佐の酔鯨 お散歩カメラ日記etc.
Excite Blog
3月6日(日) 雪だという予報もあったりして…
http://ondtp.exblog.jp/1719467/
2005-03-06T01:12:54+09:00
2005-03-25T13:49:00+09:00
2005-03-06T01:11:24+09:00
ONDTP
あの日の一枚
今日はきびしい寒さになりそうだということです。そろそろ暖かくなってほしいですね。
あの日の一枚 月から見た地球
月から見た宇宙船地球号。
頼りないほど薄い大気圏の中でしか我々は生存できない。
「われわれは1960年代が終わるまでに月に行く」
1961年、J・F・ケネディは聴衆の前でこう公約した。
当時、宇宙開発競争でアメリカはソ連に遅れをとっていた。1957年10月、打ち上げに成功したソ連の人工衛星スプートニク1号がアメリカ上空の軌道を飛んだことは、冷戦状態にあったアメリカを強く刺激した。ケネディの公約のあった1961年は、ソ連の有人宇宙飛行船「ボストーク」1号の打ち上げが成功し、ガガーリンが「地球は青かった」と伝えて世界を驚かせた年でもあった。
スプートニク1号
直径わずか58cm 重量83.6kg 時代を感じさせるデザインがたまらない。
ケネディは翌年暗殺されるが、彼の公約を引き継いだニクソンによって、1969年7月20日(日本時間21日午後5時)アポロ11号の月面着陸船イーグルが「静かの海」に着陸を成し遂げる。人類として初めて月面に降り立ったアームストロング船長は後に有名になるセリフを口にする。
「一人の人間にとっては小さな一歩だが、
人類にとっては偉大な躍進だ」
月面着陸の模様は衛星生中継(当時は宇宙中継と呼んだ)によってリアルタイムで伝えられ全世界が固唾を飲んで見守った。わたしは食堂でとんかつを食べながらぼんやり中継を見ていた記憶がある。
そして、後にわたしたちはこの月から眺めた地球の写真を目にすることになる。映画の特殊撮影ではなく本物の地球の姿。それは生まれて初めて自分の顔を鏡に映して見るような興奮と不思議さを呼び起こした。わたしは雑誌からこの写真を切り抜き、壁に貼りつけて毎日のように眺めた。何度見ても見飽きることがなかった。一枚の写真から宇宙のメッセージが聞こえてくるようだった。
このあと報道写真はビデオカメラに主役の座を譲ることになるが、まだ写真が力を持っていた時代のこれは一枚だ。
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今週は諸事情によりブログの更新ができそうにありません。
しばしのお別れです
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1月31日(月) ブルーマンデイ
http://ondtp.exblog.jp/1603198/
2005-01-31T00:44:12+09:00
2005-01-31T18:23:28+09:00
2005-01-31T00:43:35+09:00
ONDTP
あの日の一枚
ブルーマンデイ。自殺者が最も多い月曜日。
サラリーマン時代はラッシュアワーの電車が最大のストレスでした。いつまでもたっても慣れることができなかったので、会社へは遅れていくようにしていました(笑)。フリーランサーになって一番うれしかったのはこれでもう満員電車に乗らなくていいこと、昼間に空いた映画館で映画が観られることでした。
今日もおつとめご苦労様です。遅刻しないでね(笑)
Updated! 10:30am
チョートク氏の新刊は「さらば、ライカ」だそうです。氏も最近はデジカメのR-D1をご愛用で、デジカメの便利さに負けたと言っています。氏のデジカメ転向宣言として受け止めました。
最近、銀塩カメラばかり買っているわたしは世の流れにおもいっきり逆らっているわけですね。あまのじゃくなので大変満足です。
CANON IXY DIGITAL L
CONTAX Tix nexia 400
Updated! 18:00pm
PENTAX istDSのヤフオクを覘いてみると、ほとんどが業者の出品ばかりになっていて異様な感じがする。これってどう理解すればいいんだろう。
業者の出品は確かに新品にしては安いけど、中古でもいいからもっと安い出物を待っている人も多いはずだし、いろいろな個人出品があるからオークションは見ているだけでも楽しいのだ。このような業者ばかりになってしまうと多様な個人出品がそのうち駆逐されてしまいそうだ。
どうしてこういうことになってしまうのか。istDSだけが特別の販売経路で業者の手に安く渡っているのだろうか。いずれにしてもこんなオークションは楽しくないことだけは確かだ。これではオークションというより、卸売り店のWEBサイトだ。業者はヤフオクではなく、よそで開店してもらえないものか。
あの日の一枚 (昨日のつづき)
火葬場は山の中腹にあった。天気はよく、四月の空は晴れていた。
そこまで同行した親類は待合室で待機して、火葬場の一室には家族だけが入った。
広い部屋の中央の台に、焼き上がったばかりの兄の遺骨が安置されていた。骨は驚くほど真っ白なスノーホワイトで清潔な感じがした。まだ湯気が立ちのぼっていて近づくと熱かった。夏場だと暑くて大変だろうなあ、といった考えが頭をよぎった。骨の形は棺に入れられた時のままの状態を保っていて、それが残酷な印象を与えた(これじゃあ、理科室のガイコツの標本そのままじゃないか…)。ここまで気丈に振るまってきた母が骨を見て初めて小さな嗚咽をもらし、よろめいて壁にすがった。兄嫁が母に近づき、
「お母さん、泣いたらいかん、泣いたらいかん」と言った。
泣いたっていいじゃないか、とわたしは思った。
兄の三人の子どもたちはわたしの後方にいたので表情はわからなかった。
こうした形で家族に遺骨を見せるのは残酷すぎるのではないかと感じたが、これは必要な儀式なんだと思い直した。後になってから、本当に死んだのだろうかと家族が幻想を抱かないように、死んだことをはっきりと示す必要があるのだと思った。残酷で直接的なほど、事実であることを思い知らせることができるのだ。そう思った。
火葬場の若い男が母の側に近づいて言った。
「大変りっぱな大腿骨でございます」
何を言い出すのだこの男はと驚いた。しかし男の言葉に母は拒絶反応を示すことなく、うなづいた。母のうなづき様は一見力強くさえ見えた。
(大変立派なダイタイコツだって? ダイタイコツって言ったな、確か)
兄は当時の日本人にしてはスタイルがよく脚も長かったので、大腿骨は立派かもしれないが、こんな場所で言うことか? 最初はそう思った。しかし、しばらくして、火葬場のこの男の言葉にわたしは自分が癒されていることに気づいて不思議な気がした。ダイタイコツを褒められてなんで心が落ち着くのか意外だった。
火葬場も商売だ、客を前にしてなにがしかの言葉をかける必要があるのだろう。例えば、このたびはご愁傷様とか。ご家族の皆様はさぞかしお力をお落としのことと存じますとか…それがいきなりダイタイコツとは!
変な話だが、それでも彼の言葉が家族の癒しとなったのは事実だった。
専門家恐るべし!と思った。
火葬場までは父が車を運転して、わたしといとこが後部座席に座った。父は運転しながら、さきほどの葬儀でのスピーチの失敗を気にしていた。「あそこで○○○と言ってしまったが、正しくは○○○じゃった。間違えた!」といった内容だった。どうでもいいような間違いだったし、火葬場に向かう途中の話題として適当とは思えなかったが、わたしは父の心中がよく理解できた。
ふだんから無口で話し下手だった父が、大勢の参列者を前にして、腹の底からしぼりだすような声で話し始め、短いいあいさつを終えた時、わたしは強く心を打たれた。参列者のなかには泣き出す人の姿も見えた。木訥な父にこんな感動的なあいさつができるなんて!
父は前もって挨拶の練習をしていたのだ。
なんだか興ざめする話だが、それが現実なのだとわたしは納得した。どんなに味気なくても、残された家族はやるべきことをやる努めがある。葬儀は平凡な家族にとって大きな舞台であり、へまをするわけにはいかないのだ。悲しみや喪失感は一通りの儀式が終わった後にゆっくりとやってくるのだ。
火葬場から家にもどり、その日の夜は兄の仏壇の前にふとんを敷き一人で寝た。部屋の電気を消すと、仏壇のろうそくの柔らかな明かりが天井をうっすらと黄色に染めてゆれていた。少々早すぎたなあ…、わたしは布団にくるまり天井を見上げながらつぶやいた。
兄は享年56歳だった
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(文体が、「ですます文」から、「だ文」に変わったのに気づかれたでしょうか? 途中から変えるのはまずいですが、どうしても、ですます文体では書けなくなりました。)
兄の記憶をいつかはなんらかの形で書きたいと思っていました。父母や兄嫁や兄の子どもたちは今後も兄の思い出を語ることはあるでしょうが、彼らが文章にする可能性は期待できません。ブログでこうして書き留めることができて幸いでした。一枚の写真からここまでくるとはわたしも思いもしませんでした。
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1月29日(土) ジャーン! 土佐の酔鯨ブログ初登場!
http://ondtp.exblog.jp/1596423/
2005-01-29T00:22:48+09:00
2005-03-06T01:42:58+09:00
2005-01-29T00:22:14+09:00
ONDTP
あの日の一枚
あの日の一枚 1950年代。 高知県 桂浜
カメラ機種不明 フィルムメーカー不明 撮影者不明
ジャーン! 土佐の酔鯨ブログ初登場。
3人の女性は母の妹、つまり叔母さんたちです。叔母の膝に乗っているのがわたしです。2~3才ごろかな? バカ面してますね。
後で聞いた話では、このとき母は野良作業に出かけるので、叔母たちにわたしを預けたそうです。若い叔母はまだ10代のはずです。この時、長女である母は25~26才でした。
場所は観光で有名な桂浜。坂本龍馬像のあるところです。
幼少の頃の写真はこの一枚しかありません。文字通り「あの日の一枚」です。今の子どもは山のような写真アルバムとビデオで克明な記録が残されていますが、当時は普通の家庭にカメラはありませんでした。
それにしてもこの写真の保存状態はひどいなあ。まるで幕末か明治の写真みたいだ。戦前じゃないですよ! 戦後です。
わたしは昔の写真を見てしみじみ感じ入るタイプの人間ではないので、この一枚あれば十分です。
5年前、兄の葬式の時に、20年ぶりに会った叔母からもらった写真です。
明日は17歳頃の写真をアップします。
現在の桂浜。変わっていません。変わるのは人です。
追記
いつまでも古くならないデジタルデータってどうなんでしょう。この写真を見てると改めて感じました。古いものは古く見えるのが自然だと思うけど。
Updated!13:00pm
リドリー・スコットの『ブレードランナー』(1982年)に、ショーン・ヤング扮するレイチェル(レプリカント)が自分の過去の記憶に疑問を持つシーンがある。
レイチェルは、両親の写真や子どもの頃の写真を大事に持っていた。しかし両親や子どもの頃の楽しい思い出もみんな人工的にインプットされた記憶ではないかと疑う。いくら人間そっくりでも、人造人間のレプリカントは過去の記憶もまた作られたもので、写真も偽造であった。ほろりとさせられるシーンだった。過去の記憶こそ人間のアイデンティティを保障するものなのだ。やっかいだなあ、人間て。今がよけりゃいいってわけにはいかないみたいなのだ。しかし、過去の記憶はあったらあったでまた問題も出てくるわけで、どちらにしてもめんどうだなあ、人間て。
ポスターの女性がレイチェルです。
「ブレードランナー」
「リング」よりコワ~イ…銀座の貞子! 銀座シャネル
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1月28日(金) 新設・あの日の一枚
http://ondtp.exblog.jp/1593905/
2005-01-28T07:58:44+09:00
2005-01-29T13:25:04+09:00
2005-01-28T07:57:03+09:00
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あの日の一枚
関東地方は今日一日穏やかに晴れるとの予報です。
Updated!1/29 13:30pm
横浜美術館の『デュシャン展』に行ってきました。3月21日まで開催されています。
既製品でしかないこの便器の写真を商業目的で複製したら著作権法に触れる? ただの便器なのになぜ? オリジナリティは便器自体でなく、コンセプトにあるからだって? おもしろいね。
この案内板の矢印を見て、天井に登る人がいたら面白い。それこそデュシャン的だ。
何度も笑ってしまいました。美術館でこんなに笑ったのは初めてのことだ。デュシャンのあの男性用小便器をバブリーな横浜美術館にうやうやしく陳列してあるんだもの。それをまじめくさって見ている大勢の人がいるなんて、これは笑うしかない。草場の陰でデュシャンも同じように笑っているはずだ。写真に撮れなかったのが本当に残念です。
CANON IXY DIGITAL L YOKOHAMA 美術館とは関係ありません
あの日の一枚 2003年11月24日
Nikon D100 Tamron 28-300mm 栃木県
栃木県で見かけた理髪店ですが、営業はしていません。一種の廃屋です。
看板の「理髪店」が「店髪理」と右横書きになってますね。
伝統的日本語は縦書きですが、横書きの場合は右横書きでした。第二次世界大戦後、まず大新聞が左横書きを始め、数年遅れて文部省も左横書きに変わったようです。英語などの欧米系の言語を表記するのに右横書きでは無理があるのが主な理由でした。(調べたんですよ。リアルタイムで経験したわけではないですからね。誤解無きよう)
いまでも、自動車の車体に書かれた文字は右横書きがみられます。これは自動車の走行方向を意識しているせいでしょう。現代のわたしたちからみると抵抗を感じますが、もともと日本語は縦書きも右横書きも左横書きもできる言語ですから、右横書きを奇異に感じるのは単なる習慣にすぎません。
日本語の横書きが死ぬほど嫌いな人もいて、日本語表記に関するうんちく話だけで一冊の本になります。
かくいうわたしも、英語の縦書きだけはやめてほしいと考える一人です。
日本語の横書きはいつから始まったか。興味ある方はこちら
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いつの間にかハードディスクに溜まってしまった膨大な画像。じっくり見ることもないまま、次々と増える新しい画像に場所をあけわたし、もはやかえりみられることもない。
ハードディスクの整理にともない、目に止まったそんな画像をピックアップしていきます。
いわば、敗者復活画像です。
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